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鶉野飛行場跡訪問

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
9月の連休もあと1日となりました。


最近は、天気が安定しない週末が多かったのですが、週間予報では雨だったのですがなんと結構いい天気になりました。


と言うことで、今回は兵庫県加西市の鶉野飛行場跡へ行ってきました。


鶉野飛行場について
第二次世界大戦中、川西航空機姫路製作所組立工場の専用飛行場として建設されたそうですが、姫路海軍航空隊や筑波海軍航空隊分遣隊が駐留して訓練基地と特別攻撃隊の出撃拠点となっていたそうです。
当時、川西姫路製作所では紫電1型、紫電2型(紫電改)が製造されており、それぞれ486機、44機が組み立てられたそうです。
この飛行場で主に運用されていた機体は九三式中間練習機と九七式艦上攻撃機などだったそうです。


当時の滑走路後が今でも残っており、これは非常に珍しい状態です。
何年か前までは、管轄は陸上自衛隊でしたが、現在は加西市に払い下げられているようです。


慰霊碑です。


小学校の朝礼台として使用されていた、紫電の整備代です。

鶉野飛行場の概要です。

この飛行場で運用されていた97艦攻です。

加西市に委譲されたことによって、記念館が設置されていましたがあいにくお休みでした。


川西航空機は、ニッケの創始者である川西清兵衛が作った戦前の航空機メーカーです。
有名なのは97式飛行艇、二式大艇などの水上機です。
当時から、非常に優秀な水上機を作っていましたので、その技術は新明和工業に引き継がれてPS-1、US-1、US-2と世界で最も優秀な水上機の開発メーカーとなっています。


紫電は、当時川西航空機が開発した強風を元に地上仕様に変更しエンジンを火星から誉に変更した局地戦闘機です。
元々、紫電11型は強風と同様に中翼式でしたが、紫電21型(紫電改)より低翼式となっています。
松山343空での逸話は有名ですよね。


当時のP51などと互角に戦える戦闘機でした。
同じ、誉エンジンを搭載した陸軍4式戦闘機「疾風」とよく比較されますが、紫電はベテランぞろいの343空、方やビギナーが多かった疾風では戦果大きな差があったことは否めません。


最近、戦前、戦後の近代史に興味がわいて調べる機会が増えました。
当時の将兵達が何を守らんがために戦ったのか。
そして、その意思は現在どのようになっているのか。
ベトナムやインドネシアで終戦後日本兵が多数残って、のこのこ戻ってきたオランダやフランスをたたき出す手伝いをしたのはなぜか。
興味がわきませんか?


もうそろそろ、GHQの自虐洗脳から解き放つ時が来たのではないでしょうか・・・・


では、またの記事でお会いしましょう。

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